武蔵学園の社会科で「世界の国旗の塗り絵」から始める理由
武蔵中学の社会科目は、主に日本に関して学ぶ「社会1」と、日本以外の地域に関して学ぶ「社会2」を、各学年で設置しています。これは、中学時代には地理分野、歴史分野、公民分野を複合的に学んでもらいたいという思いがあるためです。
まずは、世界の国旗の塗り絵にトライ
私は専攻が国際政治でしたので、社会2の担当をすることが多いのですが、中1の4月の授業では世界の国旗の塗り絵をしてもらいます。
「うわ、色塗りめんどくせえ」「カラーコピーでいいじゃん」などと隣の席の友達とおしゃべりしつつ、中学生でもわりと喜んで作業しています。子どもたちは手で作業しながら問題を解き、必ず予想を立てて話し合ってから結果を確認します。
例えば、ポルトガルの国旗には複雑な模様が描かれています。この模様は一体何でしょうか。
子どもたちに予想してもらうと「武器の盾みたい」「活躍するともらえる勲章」「サッカーの強豪国だから丸いのはサッカーボール」といった声があがります。
「天球儀」のデザイン、その背景は?
実は黄色の球体部分は「天球儀」を表しています。では、なぜ天球儀が取り入れられているのか、そもそも天球儀は何のためにあるのか――。
それは、恒星や惑星の位置を確認するために用いられ、かつてポルトガルは優れた航海術で航路を開拓していったので、国旗に天球儀がデザインされているのです。
他に天球儀が用いられている国旗に、ブラジルの国旗があります(余談ですが、これを地球とか惑星だと思った子が多いです)。
なぜブラジルも天球儀なのかという質問をすると、「ブラジルってポルトガル語じゃなかったっけ」という意見が出て、やがてポルトガルとブラジルの関係に子どもたちは気づきます。
教員である私は同じ問題を何年もやっていますが、こういった予想の時に子どもたちから出る意見は毎回違っていて、子どもたちの発想は豊かで素晴らしいなと毎回驚かされます。
予想を立てて調べる
授業が進んでいくにつれ、国旗には各国・地域の歴史や大切にしている思想などが反映されていること、また、国旗の変遷からその国・地域の変化も読み取れるのだということを子どもたちは理解していきます。中には、その地域特有の自然や動物がデザインされている国旗もあって、地理の要素も含まれています。
特に中学1・2年生では、予想を立ててから調べることの大切さ、知らなかったことを知る楽しさを実感してほしいと思いながら授業をしています。
中3の社会2の授業では、中学課程での学びの集大成として、1年かけて5000字のリポートを書く「卒業研究」を行っています。テーマは社会科学の分野であれば自由です。そのため、子どもたちが選ぶ研究テーマはほんとうに多様です。
メタバースも研究テーマに
鉄道が好きなことから地方の都市交通政策の現状と課題について研究する子もいれば、スポーツが好きなのでスポーツとビジネスについて研究する子もいます。
山城に興味があり、東京都奥多摩町から青梅市にかけての多摩川上流域を実際に歩いて、16世紀の国境地域特有の城郭の利用形態を考察した子は、高校進学後も研究を続けて外部の論文審査でも高い評価を受けました。先行研究をまとめるだけでなく、実際に自分でデータを収集して分析・作図する姿勢は素晴らしいです。
最近では、メタバース(仮想空間)でのアバター、すなわち自分の分身となるキャラクターとしてどういうキャラクターが最も人気なのか、というテーマもありました。
ちなみに、どのようなキャラクターが最も人気だったか、予想を立ててください。
さて、予想できましたか。このリポートを書いた子によると、最も人気があったアバターは少女、次に動物だったそうで、利用者の性別や年齢に関係なく「かわいい」キャラクターが人気とのことです。テーマ設定がおもしろいですよね。
憲法から読み解く人権
高校では、地理、日本史、世界史、公共、倫理と、より専門的になります。私は公民科を担当していますので、ここでは公民科の授業を紹介します。
公共の授業では、政治や経済の基本的な事柄を学びますが、その中でも日本国憲法を読み、人権について考えることを特に重視しています。それは、子どもたちにまず自分のことを大切にしてほしいからと、社会にはさまざまな人がいて、自分と同様に自分以外の人も大切にしてほしいからという二つの理由からです。
女性は労働者として劣っている?
もうずいぶん前になりますが、労働権と日本の労働市場についての授業の後、一人の高校生が私に質問しに来ました。「女性は妊娠・出産をして働けない期間があるのだから、労働者としては男性より劣っているのではないですか」という内容でした。
私が小学生だった1990年ごろは結婚を機に退職する女性が多かったですが、中学校で技術・家庭科が男女共修になった時期でもあります。
しかし、2000年代後半になっても、父親は仕事、母親は家事・育児と考える子どもがいるのだと大変驚きました。
驚く質問に対し、伝えたこと
私はまず、「あなたの目の前にいる私もその女性労働者の一人だよ。そういう質問はちょっと傷つくな」と率直な気持ちをその子に伝えました。それから、農水産業が産業の中心だった昔から女性も男性と一緒に労働することで生計が成り立っていたこと、家庭の外で働くことだけではなく家事・育児もまた労働であることを説明しました。
賃労働においては、産休・育休の期間は女性労働者が労働をしていないように見えるけれど、家事・育児という生活に必要な労働をしている、だから労働者として女性が男性より劣っているということはないんだ、とも話しました。さらに、妊娠・出産は女性にしかできないけれど、育児は誰でも関われるから性別は関係ないことも伝えました。彼はおおむね納得してくれたようでした。
質問に来た子が疑問に思った背景には、「男の子だから家庭外で仕事を得てたくさん働かねばならない」というプレッシャーがあったのかもしれません。
男子校だからこそ
この時以来、男子校だからと偏った考えにならないように、さまざまな考え方や多様な生き方があるのだと繰り返し示すことを、私は授業や授業外での子どもたちとの関わりの中で意識しています。
あの質問を受けた時からまた十数年の時が流れ、私たちの生活様式もいっそう変化してきたように感じられます。子どもたちには、他者の生き方も尊重しながら、自分の思う生き方を選び取って堂々と進んでほしいと願っています。
◇ ◇
今回は、社会科教諭の菱沼美里さんが担当しました。