“毒親”にならない中学受験のススメ 高学歴の親ほど陥る「病」
学歴が高く社会で成功している人ほど子育てに深く悩んでしまう――。「高学歴親という病」(講談社)の著者で、小児科医であり、脳科学者でもある成田奈緒子さん(60)の元には、中学受験で子どもとの関係をこじらせてしまった親からの相談が多く寄せられています。“毒親”にならないために大切なことは何でしょうか。【大沢瑞季】
高学歴親が陥るこじらせ中学受験
成田さんは、子育て支援事業「子育て科学アクシス」(千葉県流山市)を運営する。中学受験を巡って、保護者からの相談が相次いでいる。難関中に進学したものの、入学後に不登校になったケースも多い。
成田さんはこう感じている。「高学歴親は、努力して現在の地位を得ているので、自分がやってきたことへのプライドがあります」
だからこそ、我が子への期待値も上がる。「自分はこんなに頑張って成功を手に入れた。子どもにも同じように頑張ってほしい」と――。
子どもが勉強しなかったり、成績が伸びなかったりと、期待と現実の間にギャップが生じると、「自分は小さい時から努力してきたのに、お前は何でサボってるんだ」と、イライラしてしまうという。
成田さんは「子どもには個体差があって、大学受験で頑張る人もいれば、中学受験で頑張る人もいる。まだ脳が育っていない子どもだから、親の思い通りに動くはずがないんです」と説く。
「でも不思議なことに」と成田さんは続けた。
「なぜか高学歴な親御さんは、自分自身はずっと頑張ってきたと記憶を塗り替えてしまうのです。小さい時から常に頑張ってきた人なんて、少ないと思うのですが……」
過干渉は子どもの自立阻む
「塾のクラスが落ちないように頑張りなさい」「もうちょっと頑張れば、いい学校にいけるよ」「ここを勉強しておきなさい」――。ついつい親が口うるさく言ってしまいがちな言葉だ。成田さんはいずれも、子どもの成長に良くないと指摘する。
「高学歴親は、先を見通す力が高いので、子どもが失敗しないよう先回りして、過度に世話を焼きがちです。でも、それでは子どもをいつまでも信頼できず、結果的に自立や成長を阻みます」
過干渉の背景には「親の完璧主義や虚栄心があるのでは」と成田さんはみる。親が偏差値にとらわれて欲が出ると、「せっかくこれだけできてるんだから、もっと頑張りなさい」と言い、宿題も本人に任せられず、あれこれ指示をしてしまう。
「中学受験をさせる理由に親の虚栄心があるなら、一切捨て去ったほうがいいでしょう。過干渉は、子どもの脳にいい影響はありません」
小4以降は、親は一歩引いて
過干渉がよくない理由は、脳の成長に変化が訪れるからだ。成田さんによると、0~5歳までは寝る・起きる・食べる・体を動かすといった生きることに必要な働きをする「からだの脳」、1~18歳(特に6~14歳)は言葉や勉強、スポーツを担う「おりこうさんの脳」、10~18歳は論理的思考や問題解決能力である「こころの脳」が育つ。
「こころの脳」が育ち始める小3までは、学校で習う以外の知識や情報を惜しみなく子どもに投入する時期。親が「こんなこともあるよ。あんなこともあるよ」とたくさんの事に興味関心を持たせ、経験を積ませることが大事だという。
だが、ちょうど中学受験の通塾が始まる4年生から、親の関わりを変える必要がある。脳の前頭葉が発達し、「自分で考え、選択し、創造する」ことができるようになるからだ。「10歳以降は、それまでに詰め込んだ知識をどう応用していくか、自分の脳の中で探っていく時期。親は一歩引いて見守らないといけないのです」
「心配」を「信頼」に変える旅
「勉強の内容に細かく指示を出す」「スケジュールを親主導で決める」といった関わりはNGだ。
「本当に手に入れたいものが見つかった時、子どもは急に頑張りだすものです。その時のためにも、4年生以降こそ、自分で考えて行動させることが大事。ずっと親が過干渉で、自分で思考することがままならなかった子は、いつまでたっても自分で行動できないのです」
「子育ては、『心配』を『信頼』に変えていく旅なのです」。成田さんが講演会などで必ず伝える言葉だ。
「諦めて待つ」が大切
過干渉がNGと頭では分かっていても、受験までの時間が限られている中学受験で、勉強しない我が子にのんびりと構えていることは難しい。
でも、成田さんは言う。「親は諦めないといけないんですよ。『うちの子はやらないんだな』と諦めて、“我が子の成長を待つ”という姿勢が親には必要です」
それには「もっと偏差値の高い学校に」という親の思いを捨てることが重要だという。「諦めた先に、子どもに本当に合う学校が見つかると思います。偏差値が1でも高い学校を選ぼうと考えると、子どもがつぶされてしまう可能性がある。本当に真っすぐな目で見れば、我が子に合う最適な学校を選ぶことができるはず。それは、子どもをよく知っている親しかできないことです」
長女の中学受験 成田さんの場合
成田さん自身、約10年前に長女の中学受験を経験している。「自由な校風の私立中が娘に合うのでは」と感じたのがきっかけだ。「知り合いが通っていて、すごく楽しいみたいよ」などと娘に情報を伝え、オープンキャンパスにも連れて行った。
学校を見た長女は「とっても楽しそう」と気に入り、第1志望校に決めた。振り返れば「受験する学校は、自分で選んだ」と思うように仕向けていたのかもしれない。「親ができることは、知識や情報を投入し、うまく後ろから背中を押すことだけだと思います」
「勉強しなさい」の代わりに言った言葉
とはいえ、長女はなかなか勉強へのやる気を見せなかった。つい「勉強しなさい」と言ってしまいそうだが、成田さんは違った。
「今の成績なら、こういう学校が視野に入る。もうちょっと頑張れば偏差値が上がって、第1志望の学校も視野に入る」と伝えた。
その時に付け加えたのは「お母さんはあなたじゃない。第1志望の学校に行ったら、絶対あなたが幸せになるという保証はない」。
「でも、あなたが第1志望の学校に行きたいという意思があるなら、頑張るしかない。行きたい学校があるなら、余裕で入れるぐらい勉強すれば、落ちる確率が低くはなるんじゃない?」
子どもが自分で考え、選択するよう促した。
夏休みなどの長期休暇も、成田さんは仕事で忙しくサポートできない。そこで毎日、開館時間に合わせて図書館に行かせた。
「時々勉強して、主に漫画を読んでいたみたいですけど。その時、娘に一つだけ課したのが、昼ご飯に必ず栄養バランスを考えたものを選び、何を食べたか写真にとって連絡させることでした」
それは後々、大学生になった娘が1人暮らしをする際に自炊する力につながった。毎朝バスで図書館に行き、自分で席を選ぶことも、社会で生きていくために大切な力になった。
偏差値や進学実績よりも、大事なこと
試験日が迫った6年生の12月下旬。「お母さん3週間仕事を休むから、一緒に勉強しよう」。そう声を掛けた。毎朝4時に一緒に起きて、志望校の過去問を解いた。「お楽しみ時間」も設定した。「今日はどこへ行こう」と毎日違うレストランで食べるランチ。濃密に娘と過ごした、楽しい日々だったという。
長女は無事に第1志望校に合格。難関校でも、大学の進学実績が目立ってよい学校でもない。だが、長女は6年間通い、学校生活をとても楽しんだ。演劇部の活動に熱中し、授業で取り組んだ研究は、海外で発表する機会にも恵まれた。
「自分で選んで行きたいと思った学校だったから、本当に楽しかったみたい。今でも幸せな学生生活だったと言います。彼女に一番合った学校に通うことができた。私にとっては、それが一番です」
浪人して初めて必死に勉強した娘
中学受験では、勉強のスイッチがなかなか入らなかった長女も、現在は国立大医学部の6年生。高校3年で医学部を目指したものの、全て不合格。浪人時代に、初めて必死に勉強する姿を見た。成田さんは「やっと来たかって思いました」と笑う。
長女はコロナ禍で大学の授業がオンラインになった時も、朝から一生懸命、自宅で勉強していた。「授業の課題を誰より早く出したいから」と言う。その言葉を聞いた成田さんは「成長したな」と感動した。
「失敗したからこそ、次は失敗しないために自分で考えて行動できるようになる。その子の育つスピードに合わせて、脳はいつからでも伸びる。それを信じて、中学受験で短期的に結果を出そうと思わないでほしい。長期的な視野で脳を育てていくんだと考えると、子どもも親も楽になるのではないでしょうか」