中学受験の合格は成功とは限らない 抜け毛で気付いた娘の異常/上
「娘には、自分のように大学受験で悔しい思いをさせたくない。難関の私立中高一貫校に通えば、間違いない」
そう信じて、千葉県の高橋健治さん(65歳、仮名)は娘に中学受験をさせた。
晴れて難関校に合格し、制服に袖を通す娘の姿からは誇りが感じられた。
だが、それは1年も続かなかった。
「何を間違えてしまったのか」。娘が不登校になってから、自問自答し続けた健治さんは身に染みて感じている。「中学受験の合格が、成功とは限らない」
東大への近道のはずが……
健治さんはかつて、地方の公立高校から東大合格を目指した。だが2浪の末、届かなかった。その時に思った。「田舎の公立校では、東京の中高一貫校の生徒にはかなわない。既にハンディがついている」
難関私大に進学したが、受験で失敗した悔しさは消えなかった。リベンジを期して、難関国家資格の取得に向けて猛勉強し、一発で合格をつかみ取った。健治さんにとって、大きな成功体験となった。
資格取得後は、仕事でも東大卒の同僚と対等に評価された。勉強を頑張った経験は、無駄にはならないと実感した。
娘には、自分が味わったような悔しさを経験させたくない。難関の中高一貫校に進めば、高校受験をパスでき、東大への近道にもなると信じた。
女子御三家を目指すも やってきた反抗期
小3の2月、娘のえりかさん(20歳、仮名)は大手中学受験塾に入塾した。「入塾テストに行くから、通信講座は解約したよ」と親から告げられた。大好きだった通信講座をやめるのが嫌で、大泣きしたことを今でも覚えている。
父が決めた中学受験。最難関の女子御三家「桜蔭」に行くんだと言われた。
だが、えりかさんの気持ちは、なかなか勉強に向かなかった。周囲に中学受験する同級生は少なく、もっと友達と遊んだり、好きな本を読んだりしたかった。
負けず嫌いな性格で、塾の優秀な子に負けたくない。それだけが勉強に向かう原動力だった。
小学校高学年で反抗期が訪れた。「勉強しなさい」と大声で怒鳴る母に向かって暴れ、ドアに穴が開いた。
トイレに籠もって読書していると、母が「出なさい」とドアをこじ開け、げんこつで殴られた。
「テストの結果が悪くて怒られる」。プレッシャーから、毎日おなかを下した。心臓をきゅっとしめつけられるような痛みも、1日に何回も起きた。
それでも、中学受験をやめたいとは言わなかった。「言っても無駄。親に意見を言って、何かが変わったという経験が全くありませんでしたから」
「中学受験は親が9割」だと信じて
えりかさんは、算数が苦手だった。
「親が押したり、引っ張ったりしてやるのが中学受験。親が頑張らないと、中学受験は勝ち抜けない」
そう思った健治さんは、塾に加えて、算数と国語の家庭教師をつけた。週末は、過去問のコピー取りや参考書選びに費やした。「中学受験は、親が9割」。そう信じた。
模試の結果には一喜一憂した。「桜蔭」にA判定が出た時は「ひょっとしていけるかも」と期待が高まった。結果が悪かった時は、親の方が落ち込んだ。
結果は、第1志望には不合格だったものの、別の難関校に見事合格。親子とも納得して、中学受験を終えた。
合格後、見えたトップ校の世界
「中学受験が終わったから、少しのんびりしたいな」。えりかさんは思ったが、現実はそうもいかなかった。
地元の公立小学校の世界では、自分は地頭もよく、家庭は裕福な方だった。だが、進学した学校には、自分以上の生徒がゴロゴロいた。
「こんな世界があるんだ」。それまで感じていた優越感は、あっさりと消えた。
朝5時半に起床し、満員電車で片道1時間以上かけて通学。勉強の課題も多く、部活との両立で疲弊していった。
最初の中間テストでは、真ん中よりわずかに上の成績。ショックだった。「上位にいないとほめてもらえない」
2学期のテストは、学年で15番以内に入った。それがうれしく、ますます勉強に打ち込んだ。成績が上がると、母もほめてくれた。健治さんも「順調だ」と鼻が高かった。
異変は大量の抜け毛
でも、それがピークだった。たがが外れたように、勉強ばかりするようになった。睡眠を削って深夜まで机に向かい、冬休みは1日10時間以上を勉強に費やした。
「何でそんなにやるの。体調悪くなっちゃうよ」。母は心配したが、中学受験で母娘関係は悪化しており、素直に言葉を聞き入れられなかった。
健治さんが娘の異変を感じたのは、抜け毛だ。床に大量の髪の毛が落ちているのに気づいた。ストレスから、えりかさんは自分の髪を無意識に抜いていたのだ。
…
無料の会員登録で続きが読めます。
残り534文字 (全文2406文字)
毎日IDにご登録頂くと、本サイトの記事が
読み放題でご利用頂けます。登録は無料です。