探究学舎の講師が考える 「子どもの好き」を伸ばす親がしていること
AI(人工知能)が進化する時代に、知識を覚えることや答えのある問題に正解する技術を身につけるだけでは駄目だということは分かっていても、「それではどう学ぶべきなのか?」と迷いや悩みを抱える保護者は多いのではないでしょうか。
子どもが目を輝かせて夢中になって学ぶ授業で知られる、受験も勉強も教えない教室「探究学舎」(東京都三鷹市)。その魔法の授業を届ける探究学舎スタッフから、子どもの力を伸ばすための秘訣(ひけつ)を聞く連載が始まります。
第1回は、公立小学校教諭から探究学舎の講師に転身したという森田太郎さん(47)に、親が大切にすべきことについて聞きました。
人生に生きる「歴史の授業」
「君ならどう勝つ?」
武士の格好をした森田さんが、オンライン授業で画面の向こうにいる子どもたちに語りかける。
織田信長と今川義元が戦った「桶狭間の戦い」を取りあげたオンライン教室「戦国合戦編」の授業の一コマだ。
子どもたちは、手元の合戦図にコマを置きながら、手を動かして戦略を考える。実際に信長はどんな判断を下して勝利に至ったのか。信長の行動から、適切な判断をするための極意を学ぶ。
「情報なくして判断なし、ちゃんと情報を集めよう。」「準備なくして兵法なし、練習こそ戦いに勝つ土台になる」。森田さんは授業をそう締めくくった。
戦国武将から勝ち方の極意を学び、子どもたちの今後の人生に生かしてほしいという思いが込められている。
偉人たちの成功・失敗を追体験
探究学舎の講師は、舞台に立つ役者と同じだ。子どもたちが学びに向けて気持ちを整えられるよう、服装や言葉遣い、表情を通して、授業の世界観を作り出す。
「一番大事にしたのは、とにかく子どもが手を動かすこと。五感のうち使う感覚が多ければ多いほど、記憶に残るからです」
オンライン授業では通常、視覚と聴覚しか使わない。それをどう補完するか。森田さんは頭をひねり、子どもの自宅に合戦図とコマを届けることにした。自分でコマを動かしながら、戦国武将と同じ環境に置かれたとき、自分ならどうするかを考えさせようとした。
「子どもが自分で手を動かして、令和の桶狭間の戦いを自分なりに味わって、成功と失敗を繰り返していく。これが授業の山です」
大人が教えたいものを詰め込むのではなく、子どもたちが学びたい、知りたいと思う授業にするため、教える内容は極限まで削る。
制作担当は、戦場を体感するために跡地を実際に訪れたり、多数の資料に当たったりした上で、子どもたちに一番大事に持って帰ってほしいものは何かを厳選して授業を作る。100の情報を得たとしたら、そのうち80はそぎ落とす感覚だという。
「極端なことを言えば、織田信長が何をしたとか、戦いの名前とかはどうでもいいんです。それよりも、武将たちの成功や失敗を追体験し、その戦略や判断を学ぶことが今後の人生で役に立つと考えています」
知識をひけらかす子には「大失敗させる」
戦国合戦編の授業には、歴史好きの子どもが多く参加する。そのため授業中、豊富な知識を得意そうに披露する子どももいる。
だが森田さんは「そういう子には大失敗させます。『同じ戦は二度とやってこない、その知識は使えないよ』と伝えます。そうしないと、子どもは知っていることで安心してしまい、自分で学ぼうとしないのです」。
「我が子が知識を覚えていたら、親も安心しますよね。でも、その安心って子どもの将来にとっては非常に不安です。だって知識を覚えているだけでは、使えないですから」
戦国時代のことは、受験や試験で出るから多くの人が勉強して知っている。でも、「織田信長と武田勝頼がどう戦ったのか説明して」と聞かれて、説明できる人はどれくらいいるだろう。
更に「その戦いで得られた教訓が、どのようにビジネスに応用できると思う?」と聞かれたら、多くの大人の頭にハテナマークが浮かぶだろう。
「でも、知識を元に、自分も実際にやってみたらこうなったという経験は残るはず。知識がさまざまな経験とひも付くことが大切なんです」
ダメと言わない工夫
授業では、「ダメ」「やめろ」「それは違う」などと子どもを否定する言葉は絶対に言わないという。
「子どもが考えたことを、『それは違う』と断言できる大人ってある意味、すごくないですか? もし『1+1=3』と言う子どもがいたら、それにはその子なりの理由があると思うのです」
どうしたら否定的な言葉を掛けずにすむか。そう考えるだけでも、親と子どものコミュニケーションが豊かになるはず、と森田さんは提案する。
「こうしたらどうかな?」「こっちだったらいいよ」と選択肢を増やしてあげることも一つの手だという。
例えば、子どもが包丁を持っていたら、つい「危ないダメ」と言ってしまいそうになる。でも、「包丁を持っているんだね、ちょっと下に置いてみて。そうしたら包丁が喜ぶかもよ」といったような言葉を掛ければ、子どもは意欲を失わずに済むという。
親は子どもに楽しちゃいけない!?
森田さん自身、小5~18歳の4人の子どもがいる。ダメと言う代わりに、どのような言葉を掛けようかと普段から考えて子どもと接するのは大変なことだ。
「子育ては常に戦っている前線にいるようなもの。親は忙しいですから、『ダメ』『やめて』という言葉で楽したいという気持ちはよく分かります」
それでも、森田さんは言う。「子どもに対して、親は楽しちゃいけないというのが僕の信念です。子ども時代は本当に短いし、二度と帰ってきませんから」
子どもが中学生になれば、部活や友達付き合いで親子で一緒に何かを体験できる機会は減る。18歳になったら、親子といえども一人の大人として付き合う時間が始まる。子どもは多様な人との出会いを通じて、自身の価値観を形作っていくようになる。
「でも子ども時代って、価値観をつくるのはほぼ親です。親との絆が一番育まれる時期で、親の影響力がめちゃくちゃ大きい。だったら、最大の努力をしてあげたほうが、子どもに対して将来やり残したことがなくなるんじゃないかと思います」
子どもの好きを伸ばすには
森田さんが一番大切にしているのは、子どもと話すことだという。
「家に帰ってきて、仕事で疲れている時に、子どもの話を聞くのは、正直どうでもいい内容が多いかもしれません(苦笑い)。でも、とことん聞くんです。聞きまくっている親に間違いはないと信じています」
思春期になって「子どもが何も話してくれません」というのは、過去に話を聞いてもらえなかった歴史があるのではないか、と森田さんは言う。
「うちの子、やりたいことがないんです」「熱中するものがないんです」という親の声もよく耳にする。だが、子どもは親に話を聞いてもらうなかで、好きなことややりたいことを口にするようになる。子どもの話の中に、子どもの興味関心の芽が既にあるはずなのだという。
親が忙しい時は、「ご飯を作らないといけないから、今から10分だけ話を聞くね」「お風呂に入ってから、ゆっくり聞くね」などと時間を決めてもいい。
親がひたすら問いかけるのではなく、子どもが話し始めたときに傾聴してあげることが大切で、それを繰り返すと子どもは安心して話をしてくれるようになるという。「自分を否定しないで、常に耳を傾けて話を聞いてくれる人には、子どもは何でも話すと思います。それが好きなことを探究する心を育てることにもつながります」