大学受験がないメリットは?早稲田実業の校長に聞く
生徒の95%以上が早稲田大学に内部進学する早稲田実業学校中等部・高等部。入試の難易度は高いが入学すれば受験勉強から解放されるとあって、保護者にも大人気だ。早稲田大学商学部教授で、同商学部長、広報室長などを経て2023年に着任した恩藏(おんぞう)直人校長に、中等部・高等部6年間、初等部を含めると計12年間に及ぶ一貫教育のメリットについて聞いた。【市川明代】
学部の進学先を巡って激しい競争も
――早稲田実業学校に入学してくる生徒は、全体の96~97%が早稲田大学に進学できるという点で、安心感があるかと思います。大学受験がないことのメリットをどう考えていますか?
◆一番は何より、本校の伝統である「文武両道」を極められることです。もちろん「武」といってもスポーツでなくても構わないわけですが、最近では23年度に、高校のサッカー部が初めて全国選手権大会に出場しました。ラグビー部は3大会ぶりに「花園」の舞台を踏みました。硬式テニス部や陸上競技部も強豪です。硬式野球部の夏の甲子園への出場は、記憶に新しいことと思います。
受験という負担のない、のびのびとした環境の中で、自分の得意なことにまい進できるのは、本校の大きな特徴でありメリットだと思っています。
――一方で、早稲田大学への進学が保証されているだけに、気が緩んで勉強しなくなるんじゃないか、という点を心配する保護者もいるようです。
◆まず、学年ごとに定期テストがあります。初等部から中等部へ行けない子はまずいませんが、定期テストと普段の取り組みによって評定が決まり、評定が悪いと中等部から高等部に上がれなかったり、大学に推薦されなかったりします。高等部では、大学推薦の資格を維持するために生徒自ら留年を選ぶケースもあります。
大きな山場は、高校3年11月の学力試験です。学力試験が400点満点、そこに高校1~3年の各学年の成績を200点満点に換算して加え、合計1000点満点で学力評価を決定します。この学力評価に、校長面接等の人物評価を加えて、希望の学部に進学できるかどうかが決まります。
ほぼ全員が内部進学するとはいっても、競争があるわけです。
――学部は成績だけで判断するのですか?
◆校長が400人近い生徒一人一人と面接しています。23年に着任して初めて知り、「本当に全員と面接するの?」と思わず聞き返してしまいました。
面接で聞いているのは、部活動など学業以外の分野で何に打ち込んでいるか。それから将来設計、どの学部に入って将来はどのようなことがしたいのか、という点です。どの程度点数化しているかはお答えできませんが、生徒の熱意や思いを受け止めます。生徒と顔をつきあわせて話をすることで、さまざまな気付きもあります。
全ての科目を満遍なく学ぶ
――とはいえ、東大など難関国立大学を受験したうえで早稲田大に入ってくるような人たちと、差がつくのではないですか?
◆うちの生徒たちは、何かを「捨てる」ということがありません。例えば私立大受験に特化していると、理系なら理系、文系なら文系で、受験に必要な科目に絞って勉強するケースが多いと思います。そうすると、受験に関係のない科目には取り組まなくなる。だが本校には、それがない。全ての科目を満遍なく学ぶ中で優秀な成績を収めるわけですから、とてもバランスが取れた人材に育っているわけです。早稲田大学の田中愛治総長が目指す「文理融合」にも通ずるものがあると思っています。
――理系と文系で、クラス分けはしているのでしょうか。
◆高校2年時にクラス分けしています。早稲田大学には医学部がなく、理系学部が少ないということもあって、どうしても文系クラスを志望する生徒が多い傾向にあります。
ただ、例えば政治経済学部で21年度入試から数学(大学入学共通テストを利用)が受験必須科目となったことに象徴されるように、どの学問も数学の力を必要とする時代になっています。そこで私たちも認識を改めて、「理系クラスだから理工学部に進む」というのではなく、「数学や物理が好きで理系クラスに入ったけれど、大学では社会学や経済学を学びたい」という生徒がいてもいい、と考えるようにしました。その結果、理系クラスに進む生徒が増えてきています。
――早稲田大学に内部進学しない3~4%の生徒はどんな進路を歩むのですか。
◆成績が規定レベルに達せず残念ながら内部進学できない、という生徒もわずかにいますが、ほとんどが東京大や難関医学部を受験しています。外部受験をすると、その時点で内部進学の資格を失うので、彼らは強い意思を持って、相当な覚悟で臨むわけです。ですから多くは、志望大学に合格しているようです。
驚くほどレベルの高い文化祭
――学業や部活動以外で、生徒たちが力を入れて取り組んでいることはありますか。
◆何といっても文化祭です。高校3年時に、中高の学生生活の集大成としてクラスごとの発表をしますが、多くはダンスや劇、ミュージカルなどのステージを披露します。
練習に相当な時間をかけて臨むので、非常にレベルが高い。参観したある保護者は「これだけ高いレベルのものが見られてとてもラッキーです。無料だなんて信じられない」と感想を述べていました。
高校3年生という、大人に向けた一歩を踏み出す多感な時期を、受験に縛られずに思いっきり過ごせるというのは、本当に素晴らしいことだと考えています。
――早稲田大学では「世界で輝くWASEDA」を掲げていますね。中学・高校での国際化に向けた取り組みについて教えてください。
◆イギリスの名門校に1年間、正規留学できるプログラムがあって、毎年、2人を送り出しています。通常なら年間500万円程度の学費がかかるところ、本校の学費で通えるのですから、とても魅力的なわけです。成績がトップクラスの子たちが、高い倍率を勝ち抜いて参加しています。
それ以外にも、生徒たちは短期の海外研修プログラムに積極的に参加したりして、個々で学びを深めています。実は先日、国際数学オリンピックで銅メダルに輝いた女子生徒と懇談する機会がありました。「英語はどの程度できますか」と聞いてみたところ、TOEFL iBT(読む・聞く・話す・書くの4技能を総合的に測定する英語能力測定試験)で、びっくりするような高得点を取っていました。
新型コロナウイルス禍で家から出られなかった時期に、ユーチューブを聞いたりして、独学でヒアリングやスピーキングを学んだというのだから驚きです。彼女は早稲田大学の理工学部に進学して、将来は海外の大学を目指すそうです。
早稲田大学の中核的な人材を育成するという本校の使命に基づき、早実から多くの素晴らしい学生を早稲田大学に送り出していきたいと思っています。