他の人と違っても「ヒーロー」に 千葉・渋幕の校長に聞く
他の人と違っていても渋幕なら「ヒーロー」に――。
例年、東大合格者ランキングに名を連ねている渋谷幕張中学・高等学校。2024年春は、海外の大学に過去最多の64人の合格者を出している。「渋幕の奇跡」と呼ばれる強さの秘密はどこにあるのか。田村聡明校長に聞いた。【市川明代】
MITが「手の届きそうな大学」に変わる
――今春、海外の大学に合格した64人のうち33人は、海外経験のない一般生ですね。なぜ、これほどの結果を出せるのでしょうか。
◆一つは、生徒の多様性です。渋幕は1983年の開校時から帰国生を受け入れ、彼らを日本に溶け込ませるのではなく、その多様な経験を学校生活に生かしてもらおうと尽力してきました。
過去には、アメリカの高校でやっているようなダンスパーティーを企画した子もいましたよ。後に日本マイクロソフト社長から米国本社の副社長になった平野拓也さんです。そういう子が同じ教室にいるというのはとても大きいと思います。
もう一つは先輩の影響です。最近は、海外の大学の入試担当者を学校に呼んで説明会を開く、というのはどこの学校でもやっていますよね。渋幕の場合、例えば米マサチューセッツ工科大学(MIT)の説明会に、渋幕を卒業したMIT在学生が何人も参加して、合格体験談やリアルな学生生活について話したり、質問に答えたりしてくれます。渋幕生は、MITが手の届くところにあるような気持ちになるわけです。
――キャリア教育にもかなり力を入れていますね。
◆毎月平均2、3回、キャリアガイダンスを開催しています。内容は、公認会計士セミナー、医学セミナー、航空宇宙工学セミナーといった勉強会、研究者や作家などさまざまな仕事を持つ先輩の講演会など、さまざまです。
「地図と拳」で直木賞を受賞した先輩の小川哲さんが講演に来た時は、ご本人が「次の約束があるので」と急いで帰ろうとしているところを、駐車場まで追いかけていって連絡先をゲットしている生徒がいました。渋幕は、本物に触れる機会にあふれています。相手が先輩であれば、ぐっと身近に感じられますよね。
渋幕では「ヒーローになれる」
――将来を見据えた大学選びができるわけですね。
◆もちろん、まず大学に入ってから将来を考えよう、という生徒も相当数います。東京大には進振り制度(2年前期までの成績を基に、3年から所属する学科を決める)があるので、ひとまず東大に入学しておこうと考える生徒は多いです。
ただ、入学直後の5月ごろ、悩んでいる卒業生は少なくありません。海外の大学の合格発表があるからです。渋幕在学中にAI(人工知能)の研究で国際情報オリンピックの金メダリストに輝いた生徒は昨年、東大に半年間通い、9月からシンガポール大学に進みました。スパコン使い放題、年間4000万円ぐらいの研究費を付けるという条件で誘われたんですよ。
――すごいですね。中高生時代はどんな生徒だったのでしょうか。
◆ごく普通の家庭で育った子で、一般試験(特別枠、帰国生枠などではない)で渋幕に入ってきました。家ではひたすらコンピューターに向かって独学でAIの勉強をしていたようです。
――他の人と違うことに夢中になれる環境が、渋幕にはあるのですね。
◆MITに入った別の子は、とにかくロボットが大好きで、ロボットの研究ばかりしていました。その子は、「他の学校だったらオタクって言われるんだろうけど、渋幕では何か秀でているものがあるとヒーローでいられる」と言っていましたよ。
「置いてけぼり」は作らない
――全員が全員、海外の大学や東大を目指せるわけではありません。落ちこぼれを出さない方針とも聞きました。
◆中学生までは、「何かあればすぐいらっしゃい」ととにかく丁寧に指導します。置いてけぼりは作らない。宿題もたくさん出しますよ。「ほったらかしの学校だって聞いて来たのに、ほったらかしどころかすごく厳しいじゃないか」という声もいただきます。
特別優秀な生徒はもちろんいます。でもものすごく努力して東大に入る子だっている。「え? あの子が受かったの?」と驚かされることもありますよ。
何でも生徒に任せ、教員は見守るだけ
――教育目標の「自調自考」について教えてください。
◆「自ら調べ、自ら考える」ということです。修学旅行、宿泊研修、校外学習などすべて、生徒が自ら現地の情報やルートを調べて自分たちでスケジュールを考えます。教員はただ見守るだけです。
かつて、学校指定カバンを廃止しようと活動した生徒がいました。渋幕の子たちは学校に教科書を置いていかない。中学生なんかだと亀みたいに大きなリュックサックを背負って登下校するわけです。指定カバンはサイズも中途半端なので、せっかく買っても使い道がない。その生徒はクラスで話し合って、生徒会へ要望書を持って行って、生徒会の総意で学園長に指定カバンの廃止を訴えました。最終的に校長を納得させて、「廃止」を実現させてしまったわけです。
――自調自考の狙いは何ですか。
◆学校から「こうしなさい」と言われてやるのは楽です。逆に「自分たちで決めていいですよ」と言われたら、どんなプロセスを経て合意を取り付ければよいかを考えなくてはいけない。民主主義というのは決して簡単なものではないのだということを、経験から学んでほしいと考えています。
――個を尊重しようとすると、学校としてはお金も手間もかかりますよね。
◆理事長(田村哲夫・前校長)は、「教育にはしっかりお金を使おう」という考え方です。例えば100メートルの全国中学生大会のチャンピオンが入学すると分かったら、「ならば練習環境を整えなくては」と、グラウンド内に専用のウレタン走路を作ってしまうような人です。
マイクロソフトの平野さんがダンスパーティーを企画した時も、そうやって実現したんですよ。ついこの前は、ロボットの世界大会の国内予選を勝ち抜いた子たちが、円高でとても渡航できないというので、費用を補助しました。
ただ最近は、起業した卒業生が「上場したのでロボット部に100万円寄付します」と申し出てくれたりするんです。ロボット部の子たちは、もらったお金で秋葉原に材料を買いに行っていました。
――自調自考の集大成が「自調自考論文」ですね。
◆生徒一人一人が自分でテーマを決め、1万字程度の論文を1本書いて卒業していきます。高校1年のうちから問い立ての練習をして、アドバイザー面談やライティング指導を受け、丸3年かけて完成させます。
テーマは、昨年の優秀作品を見ても「完全栄養食は既存の朝食を超えられるのか」「フィギュアスケートにおける『質の良い氷』の条件とは?」「次のサッカー王国になるのはどの都道府県か」……とさまざま。ブラックホールの研究者である東大准教授の諏訪雄大さんは、自調自考論文でブラックホールについて書いていました。
仮説を立て、論証するという経験を経て、現代社会に立ちはだか社会課題を解決できるような人材に育っていってほしいですね。