東大合格 増えた背景にAI英語

大沢瑞季
大沢瑞季
AIによる発音改善アプリ「エルサ」の画面=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影
AIによる発音改善アプリ「エルサ」の画面=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影

 今年度入試で東大合格者数を大きく増やした私立中高一貫校「聖光学院」(横浜市)。その躍進の裏には、人工知能(AI)を活用した英語の授業があるらしい。生徒たちはどのように学んでいるのか。取材すると意外な感想が口をついた。「あれ? 思ったより紙を使うんですね」

AIで何度も発音練習

 中学1年のクラスでは、ICT端末の画面に映し出された英文を、生徒が口々に音読する。AIによる英語の発音改善アプリ「ELSA(エルサ)」が判定し、間違った部分が赤字になる。教室を回る教員は生徒の口の動きを見ながら、一人一人にアドバイス。クリアするまで挑戦する生徒の姿は何だか楽しそうだ。

 「生徒たちの反応がいい。勉強してる感じじゃなかったですよね?」。そう話すのは英語科教諭の高木俊輔さん(42)。同校は2022年9月からエルサを導入している。

エルサを使って音読の練習をする聖光学院の生徒=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影
エルサを使って音読の練習をする聖光学院の生徒=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影

 それまでの発音チェックは、生徒を廊下に並ばせ、1人ずつ英文を読んでもらっていた。1クラス40人いるとすると、全員終わるのに2~3コマの時間が必要で、アドバイスできるのは1人1回だけだった。

 だが、エルサを導入してガラッと光景が変わった。生徒は何度でも発音練習ができ、高木さんは一人一人に応じたアドバイスをする時間が増えた。「生徒が自分で練習を進められるようになり、効率は間違いなくいいですね」

発音強化でリスニング力アップ

 高木さんの経歴は面白い。中学時代は、英語が苦手。きちんと勉強したのは大学生になってから。塾講師のアルバイトで英語を任され、中学英語を一から学び直した。卒業後、私立中高の英語教諭として勤務。当時は、どういう授業をすれば生徒に力がつくのか、熱心に研究する“授業職人”だった。

 だがある時、「こんなに授業を頑張っても、伸びない生徒がいるのはなぜ?」と壁に当たった。気づいたのは「学ぶのは生徒自身」だということ。「学ぶのが上手な生徒を育てるには、どうしたらいいのか」。19年からオーストラリアのメルボルン大学大学院に留学し、教育評価を学んだ。留学にあたって、自身の英語の勉強に使ったのがエルサだ。帰国後の22年から聖光学院で、高木さんはその力を借りることを決めた。

エルサを使って、音読の練習をする生徒たち。英語科教諭の高木俊輔さん(左)は、教室を回って個別に発音のアドバイスをする=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影
エルサを使って、音読の練習をする生徒たち。英語科教諭の高木俊輔さん(左)は、教室を回って個別に発音のアドバイスをする=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影

 エルサのメリットは、即時のフィードバックだ。音読すると、発音やイントネーションの正確さがパーセンテージで数値化される。高木さんによると、自分で発音できない音は聞き取ることが難しい。発音に意識をおいて音読することによって、リスニング力が上がるという。

 昨年度担当した高校3年生は、模試でリスニングの成績が上昇。同校の24年度入試における東大合格者は100人と、前年度より22人増加した。東大入試はリスニングを重視しており、英語の成績アップは、東大合格者数の増加と無縁ではないだろう。

自分で学ぶのが上手な生徒を育てる

プリントを見ながら単語をリピートするオーソドックスな方法で学ぶ時間も多い=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影
プリントを見ながら単語をリピートするオーソドックスな方法で学ぶ時間も多い=横浜市の聖光学院で2024年6月27日、大沢瑞季撮影

 一方で意外に思ったのは、高木さんがエルサを使ったのは、50分授業の途中の10分だけだったこと。「エルサは魔法ではないので、全部は無理なんです」

 授業では、まず英文を聞き、断片的にしか内容が聞き取れない体験をする。単語の音と意味が分からないことが、リスニングの壁になるため、紙のプリントに書かれた単語や英文をリピート練習し、徹底的にインプット。その後、やっとエルサを使う。

 当初よりぐっと英文が聞き取れるようになったことが、たった1コマの授業でも実感できるよう設計されている。「何となくAIを使ってもうまくいきません。目的をしっかり持って、効果が感じられる学び方を授業で体験してもらえば、家でも生徒自身で再現できるようになるはず」

 高校生向けには、対話型AI「チャットGPT」も使う。「生徒の英作文を読んで『この表現はあり? なし?』と判断するのに時間がかかっていました。でも本当に見たいのは、論理面の展開が適切かどうか」。そこで、チャットGPTを生徒に使わせて、提出前に自分で英文をある程度修正させ、その上で高木さんが添削するようにした。

 高木さんにとってAIは、今まで労力的に諦めていたことを実現するためのパートナー。「間違ってもいい。そこから改善し、自分で学ぶのが上手な生徒を育てたい」。AIが仕事を奪うのではない。自身がやりたい仕事をするために、AIを使うのだと学んだ。【デジタル報道グループ・大沢瑞季】

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