「子どもの学費は無駄?」 モラハラ夫との離婚を決めた女性の転機
夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。結婚生活を始めた途端、夫の態度が一変し、苦しみを抱える女性は少なくありません。結婚前には優しかった夫の姿が、結婚後にうそだったとわかったものの、モラハラ(モラルハラスメント)による精神的な苦痛を我慢しながら結婚生活を維持する人が多数存在します。
経済的な理由や育児問題、あるいは夫がいつかまた優しくなってくれるのではないかというわずかな期待から、離婚に踏み切れないケースです。
モラハラとは相手を精神的に追い詰めるための嫌がらせ行為で、無視や暴言、さげすむ視線や舌打ちなども含まれます。一般に夫が妻に対して行うことが多いとされますが、逆に妻から夫に向けられるケースも存在します。
今回、夫からのモラハラと経済的DV(ドメスティックバイオレンス)に耐え抜き、最終的に離婚を選択した4児の母・Mさんのお話を取り上げます。
結婚後に突然始まった夫のモラハラ。なんでこんなことに?
結婚前、Mさんは夫を自分の理想的なパートナーだと感じていました。優しくて気が利いて、しかも行動力のある男性だったからです。しかし、結婚式を無事に終えたその日の夜、夫の態度が一変しました。なんと夫は「やっとうそをつかなくて済む」とつぶやいたのです。
Mさんが「何のうそ?」と尋ねると、夫は冷たく「うるさい、いちいち面倒だ」と言い放ち、Mさんをさげすむような目つきで見つめました。それまでの優しい姿はうそ。夫の本性があらわになった瞬間でした。
結婚前、夫は巧妙にモラハラ癖を隠していました。結婚後、突如としてその本性を見せるようになった夫に対し、Mさんは驚きながらも、「きっと何とかなるだろう」と自分に言い聞かせていたといいます。親や友人、職場の人々の前で結婚生活の苦しさをさらけ出すことに抵抗があったため、現実を受け入れられず、夫のモラハラに耐える日々が続きました。
というのも、夫が常にモラハラをしていたわけではないから。時折見せる優しさに、Mさんは「ようやく夫の態度が治った」と期待してしまったのです。しかし、それは一時的なもので、またすぐに裏切られることの繰り返しでした。「まるで感情のジェットコースターに乗っているようでした」と、Mさんは当時の心情を語ります。
家計を管理するという名の経済的DV
Mさんを苦しめたのは、モラハラだけではありませんでした。夫はMさんに家計管理の全責任を押し付けながらも、生活費の使い道を厳しく監視しました。Mさんは週に3回、家計簿とレシートの提出を義務付けられていたのです。レシートの内容を夫が細かくチェックし、子どものお菓子やMさんの化粧品、日用品などの購入に対して「これは無駄遣いだ。この分は認めない。お金を返せ」と一方的にジャッジしました。
「夫の行為が経済的DVだと知ったとき、自分のせいではないとほっとした気持ちになったのを覚えています」と、Mさんは当時を振り返ります。モラハラの一環として、経済的DVが行われるケースは多く、夫はMさんの自己肯定感を徹底的に奪い、自分の支配下に置こうとしました。このような経済的DVの典型的な手口を挙げてみましょう。
1 生活費を渡さない
理由もなく必要な生活費を渡さない行為です。家庭の経済基盤を握り、妻を精神的に追い詰めます。
2 厳しい家計管理
生活費の使い道を1円単位でチェックし、入出金が合わない場合、延々と説教します。さらに、必要なものまで無駄遣いと非難し、責任を妻に押し付けるのです。
3 妻の就労制限
妻が仕事をして経済力をつけると、夫の支配力が弱まることを恐れ、就労を制限します。また、外で夫の愚痴を言い、DVの実態が知られることを避けるためでもあります。
4 お金に関する暴言
「俺が養ってやっている」「金の話ばかりするな」「俺の金を何に使おうと勝手だ」といった暴言で、妻を萎縮させるのです。
こうした行為により、夫はMさんを経済的に追い詰め、自分の立場を優位に保とうとしていたのです。
子どもの学費を「無駄」と断じた夫の一言
Mさんは、夫に文句を言われないよう、子どものお菓子や自分の化粧品、洋服などを結婚前の貯金でこっそり買い続ける日々を送っていました。「夫の機嫌を損ねないようにし、自分さえ我慢すればいい」と思い込んでいたのです。
しかし、ある日、転機が訪れました。長男の高校から進学か就職かを選ぶ書類の提出期限が近づいたとき、Mさんは夫に相談しました。「大学に進学させたい」と話すと、夫は信じられないような言葉を投げかけてきたのです。
「俺は金を出す気はない」「お前が行かせたいなら自分で金を払え」「大学なんて行かずに働いて、今まで育ててもらった分を家に入れさせろ」
夫は、子どもの未来を一切考えていない発言を繰り返しました。この言葉に、Mさんはようやく覚悟を決めます。「もうこの人とは一緒にやっていけない」と、離婚を決意したのです。
普通の親であれば、子どもの教育費を無駄だとは考えません。親は、教育が子どもの将来を切り開くために必要なものだと理解し、どんなに厳しい状況でも何とかして工面しようとします。しかし、経済的DVを行うモラハラ夫は、自分にとってのメリットだけを考え、子どもの将来にかける費用すら「無駄」と断じるのです。
離婚を決断、子どものために動き出す
長男の大学進学に反対し続ける夫に対し、Mさんは意を決して言い放ちました。「塾代や大学の授業料を払ってくれないなら、離婚します」。すると、夫は「公務員にしたいなんてお前のエゴだ」「離婚したらお前なんか誰にも必要とされない」「子どもとの縁を切るからな」と激高して怒鳴りました。
これまで夫を怒らせることを恐れていたMさんでしたが、その時はまるで何かが吹っ切れたように、夫の怒鳴り声がただの騒音にしか聞こえなかったと言います。
「夫の態度がどれだけひどいか、ようやく自分の中で納得した瞬間でした」。パート先に夫のモラハラと離婚の意思を相談すると、すぐに正社員への雇用変更を提案し、社宅も用意してくれました。こうして、Mさんは子どもたち4人を連れて家を出て、離婚の手続きを進めることができたのです。
モラハラの洗脳から解放されるきっかけ
モラハラ夫と生活していると、知らず知らずのうちに洗脳され、自分の価値を見失ってしまうことがあります。しかし、その洗脳が解けるときこそ、新たな人生への一歩を踏み出す転機となります。モラハラの洗脳が解けるきっかけには、いくつかのパターンがあります。
1 自分の価値に気づく
モラハラ被害を知る人々からの励ましや共感によって、自分には価値があると再認識できることです。周囲のサポートで、自己肯定感を取り戻し始めます。
2 自分の状況を客観視する
ネットやメディアで、自分と同じような状況にいる他者の話を知り、「こんなひどいことをする人は許せない」「自分は悪くない」と気づけたときに、自身の置かれた状況を客観的に見ることができるようになります。
3 決定的な出来事が起きたとき
子どもの進学を否定されたり、モラハラ行為が子どもにまで及んだり、さらにはDVに発展するなど、家族を守る必要性を強く感じたとき、行動を起こす勇気が湧いてきます。
4 自己肯定感の回復
モラハラ夫と関係のない場所で、小さな成功体験を積み重ね、自分の価値を再認識していくことで、少しずつ自信を取り戻していきます。
離婚後の苦労も子どもたちの笑顔で乗り越える
しかし、これだけでは終わりません。Mさんは離婚後、元夫が養育費を支払わないという新たな困難に直面しました。離婚調停で決まっていた養育費も、元夫は「俺を捨てた子どもたちに金は払わない」と言い放ち、最初の2回以降、一円も支払われませんでした。Mさんは強制執行の手続きをすることも考えましたが、金銭的なもめごとに再び巻き込まれるのを避け、ただ必死に働き続ける道を選びました。
「生活は苦しかったです。でも、社宅に引っ越してからというもの、子どもたちが今まで見たことのないような笑顔を見せてくれて。それが何よりの救いでした」とMさんは語ります。
大学の費用も日本政策金融公庫から借りることができました。すべての支払いが終わるのは70歳になる予定だといいます。しかし、無事大学を卒業して社会人になった子どもたちが「自分の分は自分で払う」と申し出て、今ではMさんは好きな観劇やおしゃれを楽しむことができる生活を送っています。
「今、振り返ってみても、あの時、離婚を決断した自分を心から誇りに思っています。子どもたちのために、そして自分の人生のために勇気を持って前を向くことができました」
新たな人生への一歩を踏み出すために
モラハラ被害者の多くは、自己肯定感を失い、「私なんかどこにも必要とされていない」「夫がいないと生きていけない」と思い込んでしまいます。しかし、それはモラハラ夫による洗脳の結果です。
勇気を持って夫の元を離れることができたとしても、しばらくすると「揺り戻し」が起き、かつての優しい時期の夫を思い出してしまうこともあります。そんな時には、冷静に自分の感情と行動を見てくれる第三者の助言が必要です。
あなたの人生は、誰かに否定されたり、暴言を浴びせられたりするためのものではありません。自分の人生を大切にし、笑顔で暮らせる環境を選ぶことが、普通のことなのです。勇気を持ち、新しい一歩を踏み出すことを恐れないでください。
(取材・文/麻野祐香)