「ストーカー毒親」、悪質なら文書で警告も サバイバー弁護士の対処法
物心が付いたころ、母を求めて後ろを歩くと叱られた。「金魚のふんみたいについてこないで」
父は一輪車の練習中に転ぶと、娘よりもぶつかった柱の傷を心配した。中学時代、いじめられていると打ち明けると「お前が悪い」。心が折れた。
一方、両親そろって教育には熱心だった。「文系なら弁護士、理系なら医者になれ」と言われて育った。親の希望通りに難関大学を卒業し、司法試験の勉強中だった24歳のとき、全身に痛みが出る「線維筋痛症」を発症した。だが、親は「詐病」と突き放した。家から出たい一心で勉強し、合格した。
その苦しい過去を胸に毒親問題に取り組む弁護士がいる。法律事務所クロリス(東京都豊島区)代表の吉田美希さん(39)だ。
愛のカタチ「ストーカーと同じ」
弁護士になり数年後、親との接触を絶った。フラッシュバックするつらい過去と向き合うため、心療内科のカウンセリングに通った。
誰にも頼れない。自立しなければならない。「弁護士として生きていくしかありませんでした」。毎日が必死だった。30歳で独立し、都内で事務所を構えた。同じように悩んでいる人がいるかもしれないと、ホームページで毒親対策を載せると問い合わせが殺到した。これまでに、800件以上の相談を受ける。
相談者は20代から60代まで、男女は半々。80~90代の親に悩まされている人もいた。
よくあるケースは子どもへの執着だ。1人暮らしが許されない。毎日のように連絡を取りたがる。勤務先にまで押しかける――。これは、子離れできない「愛のカタチ」なのか。吉田弁護士は言い切る。「ストーカーと同じです」
子どもを愛している、と言いながらも、客観的に見れば自分の欲求に従っているに過ぎない。自分が満足するために、子どものためという理由で理論武装し、子どもを「支配」している。
だが、簡単に距離を置ける他人ではない。「苦しいのに『親の愛情だから』と、だまされちゃう人がたくさんいるのが、この問題の難しいところです」
毒親に自覚なし
一方で、親は自らを「毒親」とは決して思っていない。親として当然の振る舞いだと信じている。では、どうして子どもを追い詰めるほどに過干渉に陥ってしまうのか。
吉田弁護士は言う。「よくあるのが子どもの人生を自分の人生の代替にしているケースです。例えば、成し遂げられなかった大学に合格する。医者になる。弁護士になる。交友関係が狭く、生活範囲が狭い人が多いのも特徴です」
そして、親の希望通りに「成功」したとする。すると、今度は大人になった子どもと関わりを持ち続けることで、自らのプライドを満たしていく。
親が「毒親」と気づくタイミング
子どもにとっては唯一無二の母親、父親であり、「おかしい」と気づくには時間がかかる。他人の親子関係は見えづらく、自身の置かれた立場と対比はしにくい。
「本来であれば、親が子どもの気持ちを察したり、予測したりし、自らの対応を変えますが、『毒親』の場合、心理的には逆転しています。小さいころから、(子どもが)親の顔色をうかがい自分の態度を決めてしまうようになります。それがその家庭においてはもっとも安全な身の振り方だからです」
親の期待に応えよう、親を不機嫌にさせないようにしようと努力し、それが普通だと信じてしまう。
相談のタイミングには共通点があるという。「大人になり、1人暮らしをする、結婚するなどの人生の節目で必ずトラブルが起きています」
「親として当然さみしいけど、子どもも頑張っているし、幸せそうだから応援しよう」
巣立っていく子どもに多くの親が感じる気持ちをシンプルに言語化できれば問題ない。
だが、「自分の弱さや自分の等身大の感情を見せられないのが『毒親』の特徴です」。
結婚を喜ばない。相手のあら探しをして縁談を壊そうとする。その姿に「うちの母親、おかしいんじゃないか」と気づき、相談に訪れるケースが少なくないという。
弁護士ができる対処法
では、弁護士に相談し、どのような対応を講じることができるのか。親と絶縁する法的手段はない。吉田弁護士は言う。「限りなく関係を薄くする手伝いはできます」
自身の経験から、苦しめられてきた親から接触を受けている状態では、人生を立て直すことはできないと考える。
「親と距離を置く、その出発点に立つサポートをします」
吉田弁護士によると、最も有効なのは、弁護士事務所から送付する内容証明郵便だ。「勤務先に押しかけるような迷惑行為を続けるなら法的措置を取る」などと文書で警告する。
「経験上、9割5分の毒親に対して効果がありました」
親に社会的地位があり、警察沙汰などは望んでおらず、世間体からやめるケースが多い。また、吉田弁護士はこう分析する。
「ある意味、子どもにそこまで執着するのは、相手にすごく強く依存しているんですよね。自分では止められない、病的につきまとっている状態なんです」
「自分で制御できない。内容証明郵便がその歯止めになっている面もあると感じています」
相談者の希望に応じて、親の戸籍から抜ける「分籍」などの方法も提案している。
毒親育ちに社会的ケアを
吉田弁護士が現在、ケアが必要だと考えるのが「毒親サバイバー」のその後だ。親の対応で心に傷を負い、苦しんでいることに気づくのは大人になってからが多い。
その一人である吉田弁護士も、自らの苦しみや悲しみを言語化できるようになったのはこの10年ほどだという。
「子どもの権利保護は進んできましたが、『元』子どもたちを救う支援、相談できる場所はほとんどありません」
吉田弁護士は「私の仕事がその受け皿の一つとなっていると感じています。ですが、もっと社会的な支援が必要ではないでしょうか」と投げかける。
母親になった今
吉田弁護士は数年前に結婚し、子どもを授かった。
「金魚のふんみたいに」――。心に残る言葉の「刃」に思う。「そもそも子どもにかける言葉のボキャブラリーにないものですよね」
母親になり、「自分は悪くなかった、育った環境に問題があった」と改めて感じる。
今も、心の傷が癒えたわけではない。しょっちゅう、悪夢にうなされる。泣いている小さな自分がいる。「生き直し」をはかる渦中にいる。
「でも、今の家族の姿を見るとどん底の気持ちからはい上がれるんです」
ようやく吉田弁護士に、笑みがこぼれた。【生野由佳】