「自然に任せたい」男性と焦る女性 不妊治療をめぐる意識の差

石川智基
石川智基
不妊治療には、夫婦2人で取り組む意識が大切だという(写真はイメージ)=ゲッティ
不妊治療には、夫婦2人で取り組む意識が大切だという(写真はイメージ)=ゲッティ

 「精子の数が少ないですね。自然妊娠は難しいでしょう。何らかの治療が必要です」

 大阪市在住の男性会社員(42)は、妻(38)と初めて訪れた不妊治療クリニックで医師にそう告げられ、衝撃を受けました。

 ただ、よく考えれば心当たりもありました。子どもの頃に受けた停留精巣(精巣が陰のう内に下りてこない病気)の手術です。「将来的に、子どもができにくくなることがあるかもしれませんよ」と言われたことを思い出したのです。

 男性は37歳で結婚し、妻と「子どもは自然に授かればいいね」と話していました。でも、最近になって母が妻に対して「早く孫を見たい。あなたがクリニックに通ったらどう?」と言うようになりました。

 夫婦とも、あまり乗り気ではなかったけれど、まずは妻だけで不妊治療クリニックを受診。いくつかの検査を受けた後、医師の指示で夫の精液を提出しました。その後、改めて夫婦で受診して、言われたのが冒頭の言葉だった、というわけです。

 勇気を振り絞って不妊治療クリニックの門をたたくのは、大半が女性です。でも、不妊の原因の約半分は、実は男性にあるのです。生殖医療専門医の石川智基による連載の1回目は、「不妊治療を意識し始めたら、最初から2人そろってクリニックを訪れてほしい」という思いを込めてつづります。

不妊の原因の半分は男性が絡む

 健康な男女が、特別に避妊をしていないのに1年以上妊娠しない状態のことを、「不妊症」と呼びます。日本ではカップルの5組に1組が該当するとされます。

 世界保健機関(WHO)の調査によると、不妊症の原因は41%が女性、24%が男性、24%が男女双方、11%が原因不明。つまり不妊の原因の半分近くは、男性が絡んでいます。まずはこの事実を知ってほしいと思います。

 一方で、医療機関を訪れるのは大半が女性で、来院する男性は1割にも満たないのが現状です。世間一般にはいまだに、不妊の原因は女性の側にあると考えられており、男性がなかなかクリニックに行かない(行けない?)原因になっているのです。

不妊治療の“難所”とは

石川さんが最高経営責任者(CEO)を務めるリプロダクションクリニックの待合室=石川智基さん提供
石川さんが最高経営責任者(CEO)を務めるリプロダクションクリニックの待合室=石川智基さん提供

 さて、ここで、日本における一般的な不妊治療の流れについて説明しておきましょう。

 まず、妻が婦人科を受診し、卵巣の予備機能(どのくらい機能が残っているか)の指標となる「抗ミュラー管ホルモン(AMH)」や、女性ホルモンの値、排卵が正常に行われているかどうか、などを検査します。ここで「妻の側には異常がない」と判断されて初めて、精子の検査に移ります。

 精子の検査は2通りあります。

 一つは、性交後に子宮頸部(けいぶ)の粘膜を採取して精子の状態を調べるフーナーテスト。もう一つは、精液を容器にとって精子の数や運動性、形態などを調べる精液検査です。この精液検査が一つの“難所”となります。

 というのも、フーナーテストは妻だけが受診すれば済みますが、精液検査は夫の協力が不可欠だからです。夫が採取した精子を容器に入れて提出する、という作業が必要で、「夫のプライドを傷つけるのでは」と二の足を踏む女性が少なくありません。

 でも、この心理的な抵抗感を乗り越えないと治療は先に進まないのです。

 精子の検査をした結果、男性側に問題があると分かったら、男性不妊治療という次なるステージに進みます。ここで、もう一つの問題があります。

 日本には男性不妊症を専門とする医師が80人程度しかおらず、ほとんどの場合、婦人科医が診ることになります。このため、精子の濃度や運動率のデータをチェックするだけで、より詳しい診察や検査をせず、安易に「精子減少症です。自然妊娠は難しいので顕微授精が必要です」などとミスリードしてしまうことも少なくありません。

 精子減少の原因としては、原因不明の機能障害や思春期以降のおたふく風邪感染などが考えられますが、精索静脈瘤(じょうみゃくりゅう)など、治療によって精液の状態が改善し、自然妊娠に至るケースもあるのです。

 本来であれば、男性不妊と女性不妊を同じ施設で同時に診るのがベストなのですが、こうした施設が国内にはほとんどないというのも問題です。

不妊治療における女性の負担の重さ

 検査の結果、女性の卵管に問題があると分かった場合や、男性に精子減少症などがある場合は、「体外受精」や「顕微授精」といった高度不妊治療が必要になるケースが多くなります。

石川さんが最高経営責任者(CEO)を務めるリプロダクションクリニックの待合室=石川智基さん提供
石川さんが最高経営責任者(CEO)を務めるリプロダクションクリニックの待合室=石川智基さん提供

 体外受精というのは、卵巣から卵子を採り出して、培養液中で精子と受精させ、受精卵を子宮に戻す方法です。顕微授精は、顕微鏡を見ながら針で卵子に直接精子を注入したうえで、受精卵を子宮に戻す方法です。

 女性はこの間、ホルモン検査、卵胞径チェック、採卵、ホルモン補充、胚移植……と、1回の治療で平均10回程度通院し、同時に体調管理もしなくてはなりません。

 「少子化に歯止めがかかる」という期待から、2022年4月に不妊治療への保険適用がスタートし、金銭的な負担は比較的軽くなりましたが、女性の側に圧倒的な物理的負担がかかる、という現実は変わっていないのです。

欧米では「夫婦一緒に解決」

 この10年の間に、生殖医療は目覚ましいスピードで進歩してきました。一昔前には諦めるしかなかったような病態でも、治療できる場合が多くなりました。

 インターネット上に情報が氾濫する時代になり、国内外で得たさまざまな情報を元に、大きな期待を抱いて私どもの病院に足を運んでくださる方も増えています。残念ながら、すべての患者さんに良い結果が得られるとは限りませんが、良い結果が得られるケースが着実に増えています。

 こうした中で、旧態依然のまま変わっていないのが男性の意識です。これが治療の妨げになってしまうことが多いのです。

 私がかつて勤務していた米国や豪州では、「不妊治療は夫婦一緒に解決するもの」という認識が当たり前で、最初から夫婦で専門医の元を訪れるのが一般的です。日本では妻が一人で負担を背負い込んでしまった結果、夫婦間に亀裂が入り、離婚につながった、という話も聞きます。

女性には時間がない

 最後に、男性に知っておいてほしいのは、男女間の治療リミットの違いです。いくら日本人の寿命が延びても、女性の社会進出が進んでも、生殖可能年齢は変わりません。

 精子は74日間かけて新たに作られます。極端に言えば、男性は60歳でも70歳でも子どもをつくることが可能です。一方、卵子は胎児期以降、新たに生産されることはなく、ただただ減り続けるだけです。このため女性は38歳以降、不妊治療の成功率が極端に落ちてしまいます。

 男性は精液検査などへの抵抗感から「自然に任せたい」と考えがちで、この間にいたずらに時が過ぎてしまう場合があります。不妊は、男女問わずストレスなどの心理的要因が関係しているケースも多く、男性がただ病院に足を運ぶだけで、女性に「一緒に問題に取り組んでくれている」という安心感が生まれ、良い方向に進むこともあります。

 子どもを授かるかどうかは別として、夫婦が同じ目標に向かって、それぞれの精神的、身体的な負担を相互に理解し、お互いを思いやるということが、とても重要なのです。

 不妊症はれっきとした疾患です。何ら恥ずべきことはありません。そう認識し、夫婦そろって早めに信頼できる専門医を受診していただければと思います。

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