「妊婦のくせに」 職場ハラスメントがもたらした傷の大きさ

近藤綾加
近藤綾加
カナさんが病院から受け取った「うつ病」の診断書=本人提供(画像の一部を加工しています)
カナさんが病院から受け取った「うつ病」の診断書=本人提供(画像の一部を加工しています)

 「妊婦のくせに、偉そうによく言えるよね」

 会議中にひそひそ声でわざと聞こえるように言われる嫌み。あいさつをしても無視される。

 自身の妊娠をきっかけに、それまで良好な関係にあった職場の女性同僚たちの態度が一変した。

 マタハラ(マタニティーハラスメント)だった。

 中部地方に住む女性カナさん(33)=仮名=はその後体調を崩し、うつ病と診断された。出産後の現在も通院し、治療を続けている。

 厚生労働省の最新の調査(2023年度)では、いわゆるマタハラを受けた経験があると答えた人は、過去5年間で就労中に妊娠・出産した女性の4人に1人に上った。カナさんのように深刻な被害を受けるケースもある。12月は「職場のハラスメント撲滅月間」。厚労省はハラスメントのない職場づくりを呼びかけている。

妊娠と同時に、崩れ始めた同僚との関係

 「この仕事にデスクワークなんて必要?」

 カナさんの勤め先で、部屋の隅から同僚らのひそひそ話が聞こえてきた。明らかに自分に向けられた言葉だとすぐに気づいたが、聞こえないふりをしてやり過ごすしかなかった。

 カナさんの第3子の妊娠が判明したのが23年の秋。すぐに職場に報告し、力作業を伴う現場の仕事からデスクワーク中心の部署に配置転換してもらった。同僚らとの関係が崩れ始めたのは、そのころだった。

職場は配慮してくれたが…

 粉末製品を取り扱う工場で、勤続10年ほどになる。仕事中は髪やほこりが製品に混じらないよう全身を覆うクリーンウエアを着用し、約10キロの製品を次々に段ボールに詰めて出荷していく。

 空調はあるが、クリーンウエアの下はいつも汗だく。妊婦には過酷な作業のため、第1子と2子を妊娠した際も職場は配置換えの配慮をしてくれた。

 工場で働く従業員の平均年齢は40代後半。同僚はほとんどが年上だったが、経験の長いカナさんは現場を取りまとめる役割を担っていた。会社は増産に向けて従業員を増やしており、カナさんは豊富な現場経験を買われて作業のマニュアル作成を担当することになった。

 ところが、現場を離れてマニュアル作りのデスクワークが始まると、50~60代の同僚女性2人を中心に、4~5人のグループからマタハラを受けるようになった。

 「妊娠した途端、発言力が薄れてしまった」と感じ、悔しさがこみ上げた。

つわり症状に嫌みも

 妊娠初期の頃は食べづわりやめまいがひどく、少し休むと「良いご身分ね」と言われることもあった。こうした嫌がらせは気にしないように努めていたが、2~3カ月たった頃から心身に不調が表れ始めた。

 不意に涙がこぼれ、睡眠障害に陥った。毎晩9時までに子どもたちと一緒に眠りに就いても、日付が変わる頃には目が覚める。

 「このまま産休まで働けるだろうか」

 「これからもっと子育てにお金がかかる。休むわけにはいかない」

 将来について考え始めると不安が押し寄せ、一睡もできないまま朝を迎える日が増えていった。

「鬱憤を飲み込む」暴食

 一旦は落ち着いていたつわりの症状も再び表れ始め、不調が続いた。

 上司に相談すると、マタハラを続ける同僚から距離を置くため、別の部署に異動することができた。だが、新しい部署では、慣れない業務で覚えることが多く、症状は悪化してしまった。

 イライラが募ると、涙を流しながらご飯やおかずを口いっぱいにかき込み、「鬱憤を飲み込むように」胃に流し込む行為をしてしまうことも。子どもの前では我慢しようと思うのに、感情を抑えきれず、食事中に泣きながら暴食し、子どもを驚かせてしまったこともあった。左目まぶたもけいれんし、心身ともに限界だった。

 2月中旬、精神科で「うつ病」と診断された。しかし、経済的な不安もあり休職にはためらいがあった。

 信頼する元同僚に相談すると、「あなたと赤ちゃんに何かあってからでは遅いよ。今は休むべきだよ」と言われ、ようやく休職を決心した。

「妊娠中でもできることに目を向けて」

 通院を続け、現在は「(精神的な)どん底は少し脱した」と感じている。しかし、夕方になると倒れ込むように体が動かなくなる日もある。心身の回復に励む日々は続いている。

 マタハラについて、カナさんは「絶対に社会からなくなることはないと思う」としつつ、「休職することにはなってしまったけれど、擁護してくれる他の同僚や、相談したときに助けてくれる元同僚に恵まれた。SOSを出せる環境があることが大切だし、妊婦にもできることはあるので、そこに目を向けてほしい」と話した。

職場のマタハラ 加害者で一番多いのは…

 厚労省は職場のハラスメントに関する実態調査(23年度)の結果を5月に公表した。過去5年間に妊娠・出産した女性従業員1000人を対象にした特別サンプル調査も実施し、いわゆるマタハラを受けた経験があると答えた人は26・1%に上った。選択肢から複数選べる形でマタハラの行為者が誰だったかを尋ねたところ、「上司(役員以外)」が51・7%で最多だった。次いで「同僚」(28・4%)、「会社の幹部(役員)」(27・2%)、「部下」(8%)の順に高かった。

 同様に複数回答方式で、マタハラの要因となった理由について尋ねたところ、産休前は「妊娠・出産したこと」(38・4%)、「妊娠・出産に起因する体調不良(つわり等)により労務の提供ができないこと、できなかったこと、労働能率が低下したこと」(28・6%)が多かった。

 職場復帰後は、「子の養育のために早退・遅刻等が増えたこと」(37・8%)が最も多く、「短時間勤務制度等の申請・利用、始業開始時刻変更等の措置の申し出・利用」(32・4%)などが続いた。

 厚労省は、ハラスメントに関する総合情報サイト「あかるい職場応援団」で、企業の取り組み事例や、ハラスメント対策の研修動画などを公開している。

 ハラスメント被害に遭った場合、いつどこで誰が何を何のためにどのようにしたのか、5W1Hを記録するよう勧める。メモや録音など最適な方法で記録を残すことで、事実確認が必要になった場合に役立つという。

 この他、上司に相談できない場合は、人事部や社内の相談窓口への相談、社内で解決できない場合は、全国の労働局・労働基準監督署にある総合労働相談コーナーなどに相談してほしいとしている。【近藤綾加】

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