発達障害グレーゾーン 生きづらさ、精神疾患治療で改善する場合も
発達障害の診断には達しない“グレーゾーン”が故に、生きづらさを抱えている人たちがいる。日々の暮らしを改善させるための対策や心構えについて、精神科医の岡田俊先生に聞きました。
グレーゾーン、精神疾患を伴うケースも
発達障害には、うつ病、気分の波のある双極症(そううつ病)、全般不安症やパニック症、恐怖症などの不安症、強迫症など、さまざまな精神疾患を伴うことがあります。このようなとき、もともとの発達障害による生きづらさが更に増大するのです。
客観的に見ると、その人が抱えている生きづらさは、もともとの発達障害以上に他の精神疾患による部分のほうが大きい、と見えるかもしれません。実際、合併する精神疾患の治療を行うと、日常生活の多くが改善し、残っている発達障害特性に伴う生きづらさは、発達障害の診断に達するか達しないか微妙な水準のことがあります。そうしたとき、発達障害特性はグレーゾーンにとどまる、という説明を受けることがあるかもしれません。
しかし、発達障害特性がグレーゾーンレベルにとどまるからといって、それに伴う困難がないわけではありませんし、何よりも精神的な不調が、発達障害特性を背景にしたストレスから生じていることはあるのです。
ですので、当事者から見れば、発達障害はグレーゾーンレベルで精神疾患が主といわれても、何か分かってもらえた気持ちにはなりませんし、自分の生きづらさが生じてきた道のりの全貌が見えた気持ちにならないことは考えられます。
グレーゾーンであるということは、発達障害特性を否定しているわけではありません。診断の有無ではなく、いまの生きづらさが何に由来するかを考え、対策を講じていきましょう。
パニック発作や予期不安は薬も効果あり
そのうえで、診断がつかないレベルであったとしても発達障害特性を直視することが必要です。同時に、発達障害特性を起点にした理解をするからといって、精神疾患の治療の有効性を否定するのももったいないです。Hさんが感じているようなパニック発作や予期不安は、抗うつ薬などの服用で比較的良くなることがあります。
グレーゾーンの人は、自分の特性を補うかのように気を使ったり、常に気分を張り詰めていたりするので、疲れやすいことがあります。また、周囲の目を気にしたり、そのために不安が高まって人前で行動できなくなったりすることがあります。人の気持ちや状況を、手に取るようにはわからないが、しかし、気遣いはできる、というような障害特性だからこそ生じる悩みです。その葛藤を、主治医や心理の先生と話し合い、毎日の暮らしに役立てていくことが大切です。
本当に必要なものは診断名ではなく
さて、病名は何のためにあるのでしょう。病名があると、その背景にある体の状態がわかり、その治療のために必要となる適切な手当てが明らかになります。当事者が生きづらさを抱えている。そのときに発達障害があり、その特性のために日常生活における困難を抱え、精神的な不調を抱えている、ということは、当事者の抱える困難の理由を明確に説明しているといえますし、その精神的な不調に対する治療とともに、発達障害特性に応じた環境調整や日常生活の工夫を行うことが助けになります。このことはグレーゾーンにとどまる発達障害特性においてもまったく同じことです。
しかし、発達障害の診断にまでは至らないけれど、発達障害特性が生きづらさに関係していて、そのための配慮が必要だ、といわれても、周囲の人はどういう理解が必要なのか、配慮が必要なのかがわかりにくい、という実情はあります。しかし、発達障害の診断が明確につきます、といわれたら、周囲が適切な理解や支援ができるのか、というと、そうでもないというのが現実です。発達障害は見えにくい障害なのです。
そう考えると、いま必要としているのは病名ではなく、周囲の人と「通訳」をしてくれる人である、といえないでしょうか。発達障害の当事者や周囲の人が必要としている支援(支援方法や利用できる支援機関)は多岐にわたります。それらを一括してまとめているサイトには国立障害者リハビリテーションセンターが作成している発達障害ナビポータルなどがあります。
これらは原則として発達障害と診断される人が活用できる支援機関かもしれませんが、グレーゾーンの特性を持つ人への支援に役立つ情報も同様だと思います。確かに福祉的な支援のなかには、障害の重症度によって利用できないサービスもあるでしょうけれども、相談機関はグレーゾーンの人が支える困難についても理解されています。
支援にうまくつながらず、家族だけで支えるしかない、という気持ちに至ることもあります。それで、いまはなんとかやれている、というご家庭も多くあります。しかし、同時に不安も抱えておられるでしょう。いつまでも支え続けられるのかというとおのずと限界があるからです。8050問題は、実に身近な問題です。そのためにも家族だけで抱え込まず、支援のネットワークの中で支えることが大切です。つながる先は医療だけではありません。(取材・文/渡辺陽)
岡田俊さん
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長/奈良県立医科大学精神医学講座教授。
1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科に入局。関連病院での勤務を経て、同大学院博士課程(精神医学)に入学。京都大学医学部附属病院精神科神経科(児童外来担当)、デイケア診療部、京都大学大学院医学研究科精神医学講座講師を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科講師、2013年より准教授、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長、2023年より奈良県立医科大学精神医学講座教授。