息子失った母、病院に弁当届ける訳
小児病棟で子どもの「付き添い入院」をするママに、店頭で販売する価格のほぼ半額、350円で温かい食事を届ける。
弁当屋「おうちごはんgrin(ぐりん)」(大阪府吹田市山田東4)を経営する畑知子さん(47)は、かつて同じ立場だった。元気になった子どもと「退院したママ」が作る弁当は、“同志”へのエールにもなるのではないか。初めはそう考えていた。
だが、取材のちょうど1年前。2022年6月21日に「しんちゃん」こと長男、伸之介さんの人生が17歳で幕を閉じた。生後10カ月で脳腫瘍を発症。再発や骨肉腫を乗り越えたが、脊髄(せきずい)に転移し、手の施しようがなかった。
それでも今、畑さんは、しんちゃんが何度も入院し、そして亡くなった大阪大病院に週3回、お弁当を届けている。それは、息子を亡くした自身の存在が励みになる人もいると知ったからだ。
ちょっぴりしょっぱいチャーハン
何度も経験した「付き添い入院」は想像以上に過酷だった。
子どものベッドの横に簡易ベッドを置いて、毎日寝泊まりする。目が離せない子どもが眠ったすきにコンビニエンスストアに走り、簡易食やおにぎりを口にかき込んだ。
自身に言い聞かせていた。
重い病気を背負った子どもの方が大変。医師の治療や看護師のケアには感謝しかない。そんな中、母親がしんどいとは決して口に出してはいけない、と。
そんな張り詰めていた気持ちがふっと緩んだ瞬間がある。
しんちゃんが初めて入院した生後10カ月のころ。ママ友が「ネギ入りの卵チャーハン」を差し入れてくれた。
涙が止まらなかった。チャーハンの味がちょっとしょっぱく感じたほど。
「私を応援してくれる人がいる。孤独じゃないと思えました」
いつか弁当屋を開き、付き添いママに温かい弁当を、エールを届けたい。夢を抱いた。
「350円」の理由
実現したのは17年夏。
その約半年前、膵臓(すいぞう)がんのため発症から4カ月でこの世を去った夫の死がきっかけだった。「人生やり残したことがないように悔いなく生きたい」。そう思った。
弁当屋を始めたころ、しんちゃんは退院し、体調は安定していた。
野菜たっぷりで色とりどりの弁当は、店頭で販売する金額のほぼ半額、350円に設定した。
「ママの多くは自宅に(入院している子どもの)きょうだいと夫を残し、二重生活です。かさむ費用を削りたい、ならば自分の食事をと考えてしまいます」
大学病院は、長期入院を余儀なくされる子どもたちが多い。
1個から始まった注文は口コミで広がり、日に日に増えた。病院に毎回、20~30個を届けるようになった。
だが、店を始めてから5年後、しんちゃんは再び病に侵され、息を引き取った。
悲しみにくれる中、畑さんは悩んだ。
「子どもが元気になって退院してほしいと願い、頑張るママたちに、それがかなわなかった私が、弁当を届けてもいいのだろうか」
病院のスタッフに相談すると、意外な答えが返ってきた。
「子どもを失った後も元気に明るく生活している。その姿が励みになる人もいると思いますよ」
命のともしびが消えつつある我が子に寄り添っているママも病院にはいる。気付いていなかった存在にはっとした。その言葉に続けると決めた。
「grin」に込められた思い
息子の死からわずか1年。畑さんは笑顔を絶やさない。仕事だからって、無理に笑っているわけではない。
治療中、しんちゃんから笑顔が消えたことがあった。その時、鏡に映った自身の顔はこわ張り、疲れ切っていた。
「本当は元気じゃないけど、『にー』と歯を出して笑ったんです。そしたらしんちゃんが満面の笑みで返してくれて」
弁当は、ほぼ原価。毎日届けたいが、店頭販売しなければ生活費が稼げない。そんな中、「350円のお弁当」を知った患者支援団体から経費のサポートが受けられるようになり、今後は週5回の配達を目指す。
店名の「grin」には「歯を見せて笑う」という意味がある。しんちゃんを笑顔にした「grin」を忘れない。今を生きるエネルギーになっている。【デジタル報道グループ・生野由佳】