中学受験「滑り止めの星」 埼玉・栄東の田中淳子校長に聞く

市川明代
市川明代
英語教師として、いまも教壇に立つ栄東中学・高等学校の田中淳子校長=同校提供
英語教師として、いまも教壇に立つ栄東中学・高等学校の田中淳子校長=同校提供

 首都圏進学校の「滑り止めの星」と呼ばれてきた栄東中学校・高等学校。高い難関大進学率を誇る超人気校へと飛躍した背景には、創設者の徹底した指導方針があるという。英語教諭として今も教壇に立ち、生徒たちに愛情を傾ける2代目校長の田中淳子さんに、栄東の強さの秘密について聞いた。【市川明代】

分からないことを分からないままにさせない

 ――関東の上位層の「滑り止めの星」と呼ばれてきた背景には、大本命の受験の前に実力を試せる、大学への進学実績も伸びてきている、といった理由があるようですね。「滑り止め」だった栄東がここまでの進学校になった要因は何でしょうか。

 ◆本校の校訓は「今日(こんにち)学べ」です。その日の学びは、その日のうちに「完結」させる。分からないことを分からないままにさせない。学園創設者でもある、佐藤栄太郎初代理事長(初代校長)の教えを守ってきた結果だと思います。

 放課後、部活動が終わった後に学校に残って勉強している生徒もいます。

 例えば水泳部では、栄東から大阪大に進んだOBが、水泳部の顧問をしています。彼は栄東中学にギリギリで合格、入学しましたが、水泳部で心身ともに鍛えられ、先生方の親身な指導のもと勉強もコツコツ頑張り、その結果、第1志望の大学に合格しました。

 彼は栄東が好きで、社会科の教員として戻ってきてくれたのです。そして今度は、彼が顧問をする水泳部の生徒が、2024年に文武両道でスタンフォード大学に合格しました。水泳部は本校の中でも特に精力的な活動を行っている部活動ですが、この春は、現役で京都大、北海道大、早稲田大、そして慶応大の医学部にも合格者を出しました。

 佐藤初代理事長のDNAを引き継いだ熱意のある先生たちが、子どもたちを支えています。同時に我々教員は、生徒たちから日々元気をもらっています。

 ――20年ほど前は片手にも満たなかった東大合格者が、24年春は19人。卒業生427人の半数近い212人(現役184人)が国立大学に合格していますね。

 ◆07年にカリキュラムの大改革をしました。本校の当時の進学先は私立文系が圧倒的に多かった。早慶の文系の合格者が増えてきて喜んでいたら、初代理事長が「これからの時代は技術を高めていかないと日本はダメになる」と言って、学校の大方針として理系シフトを掲げました。数学、物理、化学の優秀な先生を採用しました。

 国立大学を受験できる5教科7科目(現在は6教科8科目)を基準にしたことで、徐々に結果に表れてきました。現在は社会のニーズが当時とは大きく変化し、大学入試も文理の垣根が崩れつつあります。現状に満足することなく、変革を恐れなかった佐藤初代理事長には先見の明があったのでしょう。

栄東中学・高等学校の校訓は「今日(こんにち)学べ」。分からないことを分からないままにさせないという意味が込められている=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影
栄東中学・高等学校の校訓は「今日(こんにち)学べ」。分からないことを分からないままにさせないという意味が込められている=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影

 ――ここ最近の中学入試はかなりの高倍率です。

 ◆埼玉県や東京都は言うまでもなく、群馬県や栃木県、神奈川県から通う生徒もいます。最寄り駅の東大宮駅に湘南新宿ラインや上野東京ラインが止まるようになったのは大きかった。それにより、都内や神奈川からの生徒が通いやすくなりました。

 早起きして通学するのはかなり大変だと思います。中高6年間、毎日片道2時間以上かけて通い、それでも陸上部での練習にも励み、東大に現役合格した生徒もいます。体力的には確かにきついけれど、時間の使い方を真剣に考えるようになったとのことです。

 ――第2志望、第3志望で入ってくる生徒は、入学時は落胆していますよね。モチベーションをどう引き上げるのでしょうか。

 ◆たしかに、最難関校に落ちて、本校に入ってくる子たちもいます。でも、好きな部活動に入部したり、生徒会活動に取り組んだり、学校行事に積極的に参加したり、自分にとってやりがいのあること、居場所を見つけると、そこから変わっていきます。ぐっと伸びていきます。

 一方で、栄東を第1志望にして入学してくれる生徒たちはもちろん、東大志望であっても、それこそ大学進学志望じゃなくても、その子の希望がかなうように後押しするのが私たち教員の役割です。本校の建学の精神は「人間是宝(にんげんこれたから)」ですから。だからこそ、生徒たちが将来どんな道に進んでも生きる上での軸となる、学びの基礎基本を徹底的に教えています。

「一見無駄に思われること」でも全力で

 ――水泳部をはじめ、部活動もとても盛んですね。

 ◆部活動は決して強制ではありませんが、中学1年時には100%近くが何らかの部に入っています。高校3年生になるとさすがに受験があるので全員ではありませんが。

 例えばクイズ研究部は、まだ創部10年少々ですが、いまでは中高あわせて部員80人近くの大所帯となっています。日本テレビの高校生クイズやTBSの東大王、エコノミクス甲子園などにも積極的にチャレンジし、好成績を収めています。

 鉄道研究部も大人気です。文化祭では、例えば「Nゲージで大井川鉄道を作ろう」など、テーマを決めて文化祭などでイベントを開くのですが、外部から大人の鉄道ファンの方々もたくさん訪れます。教室に生徒が入れないくらいにね。

 ある女子生徒は、高校1年の時に演劇同好会を立ち上げました。脚本から衣装、音楽、舞台装置まで、仲間と力を合わせて全てゼロから作っていました。文化祭で演劇同好会の舞台を見ましたが、それはもう素晴らしい完成度で、心底感動しました。

 そのようにして部活動を中学から高校まで6年間続けると、発想力や協調性が身につく。集中力は学業にも生かされますね。

栄東中学・高等学校の構内にある栄東天満宮。学業成就と大学合格を祈願して建立されたという=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影
栄東中学・高等学校の構内にある栄東天満宮。学業成就と大学合格を祈願して建立されたという=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影

 ――かつての栄東は、勉強漬けというイメージがありました。

 ◆生徒たちがそれぞれの将来の夢を実現できるよう、中高生の間に学びの基礎をしっかり固めることを大事にしているのは、今も昔も変わりません。ただ、それだけではなく、若いうちは「一見無駄に思われること」をどんどん率先してやってほしい。社会が求めるものが変わってきた、という背景もありますね。

 部活動だけじゃなくて、海外にもどんどん出ていくように言います。本校では、韓国やカナダでの研修プログラムがあります。英語でも、海外の文化や歴史でも、異文化コミュニケーションでも、ヒップホップダンスでも、なんでもいいから勉強してきなさい、たくさん失敗してきなさい、と言っています。

 ――探究学習も活発ですね。

 ◆廃棄処分となるウニの殻から生石灰を精製して、環境負荷の少ない漆喰(しっくい)を製造販売するというビジネスモデルで、高校生ビジネスプラン準グランプリを受賞した女子生徒がいます。我々教員の発想をはるかに超えていますよね。

 魚類が大好きで、在学中にサメのふ化を自宅で成功させてテレビで紹介された生徒もいました。彼は学校が休みの日は、サメに関するイベントのトークショーに出演したり、漁師さんに交渉して漁船に乗せてもらったりしていましたよ。

「愚直であれ」というメッセージ

 ――教育者として大切にしていることは何ですか。

 ◆入学式の式辞で、明治維新の功労者である勝海舟の言葉を引用します。「事を成し遂げる者は愚直でなければならぬ。才走ってはうまくいかない」。日々愚直に努力していくことから、生きる力が育まれていくのだということを伝えています。

 ある年の卒業式が終わった後、一人の生徒が駆け寄ってきました。「正直、栄東は滑り止めだった。第1志望に落ちて海外留学を考えたこともある。でも、入学式で先生の『愚直であれ』という言葉を聞いて、頑張ってみようと思った」と言われました。

 ――最後に、栄東を受験してくる子たちにメッセージを。

 ◆好きな本をたくさん読んでほしいと思います。学校の教科書以外にも書に親しみ、国語の力とともに、基礎教養を身につけてほしいと思います。

 小学生の時にペラペラ英語をしゃべれるかどうかよりも、大切なのはその言葉の中身です。有形無形に国語の力があれば、後から英語も伸びますから。

栄東中学・高等学校の田中淳子校長=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影
栄東中学・高等学校の田中淳子校長=さいたま市内で2024年5月28日、市川明代撮影

 今後も私たち教職員は、謙虚な気持ちで生徒たちとともに学び、精いっぱい努力します。生徒たちには、豊かな人間力と確かな学力を備え、他者に対する深い思いやりを持った人に育ってもらいたいと願っています。

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