「今の学校はオワコン」再建請負人の校長が海外大進学を推す理由
「今の学校はオワコンです」。中学受験の学校説明会に年間1万人以上が集まる名物校長が言う。千代田国際中学(東京都千代田区)の校長で、武蔵野大学中学・高校(西東京市)の学園長も務める日野田直彦さん(46)だ。前任校を含めて学校再建に辣腕(らつわん)を振るい、多くの生徒を海外の有名大などに送り出してきた。そんな日野田さんがなぜ、今の学校教育にダメ出しするのか。そして「2050年」を見据えた教育とは。【大沢瑞季】
従順な労働者を生む「システム」
「うちの学校は、はっきり言ってガタガタです。生徒にも、そう言っています。期待することが間違ってます。塾に来るような感覚で、入学したらだめですよ」
大阪生まれの日野田さんはテンポの良い関西弁で、時に刺激的な言い回しも使って聴衆を引き込んでいく。
大阪府立箕面(みのお)高校で4年間、民間人校長を務めた後、2018年に武蔵野大中学・高校の校長に就任。22年には千代田国際中の校長に就いた。いずれも女子校として定員割れに苦しんでいた両校を共学化し、海外大進学を視野に入れたコースを新設するなどして経営をV字回復させた手腕は広く知られる。
「今の学校教育は、資本主義社会における労働者を大量生産するシステムの一環として作られました。その点では一定程度、成果はあったと思うんです」
日野田さんは、教員が知識を教える一斉授業や厳しい校則、1クラス40人という学級規模などを例に挙げ、「先生の言うことをよく聞き、勝手な言動をしない、従順な人間を生み出すのにうまく機能しました」と指摘する。
景気が右肩上がりだった時代は、上司の指示を正確に実行する能力が重宝された。だから、勤勉な人間を育てる日本の教育は、経済界にとってもメリットがあった。
変わる時代、変わらない学校
だが、時代は大きく変わった。ほとんどの知識はインターネットで学べる。AI(人工知能)の進化で多くの仕事は淘汰(とうた)されようとしている。
それなのに、日本の学校は旧態依然としていると日野田さんの目には映る。
「いまだに知識やスキル、偏差値を重視し、自己主張や主体性がない人材を育てようとしています。何より、生徒に失敗をさせてくれないですよね」
例えば40人の生徒を一つの教室に集めて知識を詰め込むことに、どれほどの意味があるのか。
「学校の役割は変わったんです。社会の変化に追いつけない日本の学校では、21世紀の社会で生きていくために必要な力を身につけることはできないでしょう」
では、どのように変わればいいのか。日野田さんは今の子どもたちが働き盛りになる約30年後、「2050年」の世界を意識すべきだという。
ハーバード大の入試が問うもの
その頃、世界ではどんな力が必要とされているのだろうか。新しい発想でモノやサービスを作り出す創造力、常識にとらわれず自ら時代の変化を作り出せる力――。そういうと難しく聞こえるが、日野田さんはシンプルなことだと言う。
「求められるのは、身の回りの小さな問題を具体的に解決できる人材です。できないと決めつけず、できる方法を追求する人。自分で考え、行動する自立した人です」
海外に行くと必ず聞かれる言葉がある。「Who are you?」。あなたが何者で、何ができて、どうやって世界と関わるのかを尋ねられるのだ。
海外大の入試で必須のエッセーで問われるのも、同じことだ。ハーバード大の入試には「クラスメートのためにあなたはどんな貢献をすることができますか」という設問がある。
「『あんた、誰やねん?』ということですよね。一般論ではなく、あなたが何をしたいのか。どのように世界に貢献するのかが問われているのです。その答えを探すことが、とても大切です」
目指すのは「日本一失敗できる学校」
知識やスキルとともに主体性を伸ばし、安心していろいろな事に挑戦できる学校。それが日野田さんが考える「最適解」の学校だ。
時間割は、3分の2は知識を学ぶインプット型の授業、3分の1は対話やプレゼンなどアウトプットを重視した授業で構成する。
「インプットは必要ですが、そればっかりではダメ。かといって、アクティブな授業ばかりやるのは生徒が慣れておらず無理ですから、この形に落ち着きました」
校則や授業に不満があれば、生徒に改善策を提案させる。実際に授業の内容が変わったこともある。「問題を人ごとにせず、自分で解決できるようになってほしい」という思いからだ。
大切にしているのは、生徒が主体的に挑戦し、失敗できること。部活でも生徒会でも、勉強でもいい。人生の責任を負うのは自分自身だと気づけば、モチベーションが上がり、進学したい生徒は勝手に勉強するようになる。目指すのは「日本一失敗できる学校」だ。
「日本の若者がチャレンジしないのは、誰かがやってくれると思っているからです。失敗して、責任をかぶりたくない。でも、失敗することを認めてあげると、自分がやらなきゃと思うし、周りに貢献することでハッピーになることを覚えてくれると思うのです」
ワクワクの連鎖
日野田さんの学校改革は、14年から民間人校長として勤務した大阪府立箕面高校で大きな注目を集めた。
1年目に取り組んだのは、放課後の補習や夏期講座などの受験対策の廃止。一時的に成績は上がっても、勉強が嫌いになったり、主体性を失ったりしてしまうと考えたからだ。「学びは本来、楽しいもの。ワクワクする夢や目標があれば、生徒は放っておいても勉強します。勉強は手段に過ぎません。目的を探すのが先です」
2年目からは、夏にマサチューセッツ工科大(MIT)と提携した米国ボストンへの短期留学を企画した。英語で起業家精神を学び、自分なりのビジネスプランを考えるものだ。
午前中は起業家の講演を聞き、午後はワークショップ。夜は課題に取り組むというハードな日程だ。最終日のプレゼンに向けて議論し、英語に気後れしている暇もない。
ある生徒が「なぜ、みんなそんなに頭がいいの?」と聞くと、起業家は答えた。「頭がいいんじゃない。俺たちは世界で一番しつこいんだ。絶対にやめないんだ」
そんな起業家たちの情熱に触発され、生徒たちも失敗を恐れず挑戦するようになった。それが他の生徒にも刺激となった。
「生徒はいいものだと思ったら、勝手に広げ始めます。部活や生徒会、クラス活動などで自分たちが海外で経験したワークショップをやっていました。ワクワクの連鎖が広がり、学校が変わっていったのです」
海外大という「アウェー体験」
箕面高に就任して3年目。初めての卒業生は、世界ランキング上位のメルボルン大など、海外大に累計36人が合格した。海外経験のない生徒がほとんどだ。国立大や難関大への合格者も増えた。
ただ、進学実績を上げることが目的ではない。
「大切なのは、人生の選択肢を広げること。学校はきっかけを与え、可能性を広げる場所です。経験の幅を広げることが、選択肢を広げることにつながります。だからグローバル教育をやっているのであって、それ自体が目的ではないのです」
日野田さんは、2050年の日本は大国に挟まれた「中堅国」になると予測する。
「日本に閉じこもっていては、生きていけません。外国の人と仕事をし、一緒に課題を解消する能力が求められる。それには海外大というアウェー体験が効率的です」
だが、「海外に行け」と生徒に言ったことはない。
「海外に行ったら、いばらの道が待っているよとは言います。一方で、日本を変えたいと思う人には海外進学を勧めます。外の世界を知り、排除とそんたくの文化をまとっていない海外からの帰国者が、日本を変えるには必要なのです」
ひのだ・なおひこ
1977年大阪府生まれ。小学5年から中学1年までタイで過ごす。帰国後、同志社国際中高に進学。同志社大卒。進学塾や私立中高で勤務後、36歳で大阪府立箕面高校の校長に就任。現在は、武蔵野大中学・高校と武蔵野大付属千代田高等学院、千代田国際中学で学校改革を進める。